左利きを過大評価する傾向はいったい何なのか!左利き視点から語る

世の中では左利きが評価されます。「天才に左利きが多い。」「左利きは創造力が高い。」「左利きがこれもあれもすごい。」「左を使うことで脳が活性化。」「だから右利きはもっと左手を使おう。」という感じで言われます。

こういった流れで右利きの人が左手で箸を持ったりと積極的に左手を使う場面が増えています。右利きの人は左利きに憧れ、左利きになりたがります。

この風潮は左利きの私から見ると異様な光景であり、世の中は左利きを過大評価し、左利きに夢を見すぎているのではないかと思うのでちょっと思うことを書いていきます。

偉人に左利きは本当に多いのか?

ます最初に知っておくべき現実は、左利きでも天才と呼ばれるのはわずか一握りだということです。

世の中は、「天才」と呼ばれる成功者で左利きの例をいくつかあげ、天才に左利きが多いと強調します。ただ、歴史上の偉人を何でもかんでも左利きにしてしまう流れでもあるのでしょうか?誤情報や左利きのソース不明なものが多かった。

左利き
トーマス・エジソン、ヘレン・ケラー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ビル・ゲイツ、

左利きと言われているが証拠なし
アルベルト・アインシュタイン、アイザックニュートン、パブロ・ピカソ、ベートーベン、

ちなみに天才数学者ジョン・フォン・ノイマンは右利きでした。

私が左利きだからこそ色々いいます

左利きについて語るからには左利きである必要があると思います。

筆者の私は左利きです(聞き耳も左)。幼い頃右に矯正され、箸を持つ手、文字を書く、ボールを投げる・打つなどが右になりました。ただし矯正の影響を受けていない部分は左利きのまま残っています。これを両利きと言うのかわかりませんが、私は自分は左利きだと思います。

左利きに気がついたのが高校生の頃。歯磨きが左手、コップを持つ手、消しゴムを持つ手、電話の受話器が左手で、それは当たり前だと思っていたが、ふと考えると皆逆であった。疑問に思って親に聞くと、左利きを矯正したとのこと。

しかし大人になった私は矯正に納得がいかず、左利きは左利きの人権があり、左利きの誇りを持つべきだと思い、箸を持つ手や料理で包丁を持つ手は左に戻しました。左の箸でも魚をむしれますので完全に戻したと言えると思います。

文字は左に戻していませんが、これはもう時代の流れで文字を紙に書く機会が殆どないからもはや不要であるという理由で戻していません。

左利きの筆者はなにか違う?

私は左利きですが、じゃあ天才かというと別にそうは思わないです。知能テストは普通です。一言でいうと、自分は「変わっている」とは思います。

数学は中学までかなり得意でした。中学3年間、数学だけは試験勉強を一度もしなかった(※学習塾はいった)。数学だけ受験勉強は不要と思いしなかったが学習塾の難問でも全部解けた。ただし高校では我流で解けなくなった上に、答えだけがあっていても正解がもらえなくなった(答えだけでなく既定の途中式が必要)ので成績はガタ落ち。

数学は計算が速いとかそういうのではなく、計算はむしろ遅いかもしれません。公式や解き方の暗記だけでは解けないような難しい応用問題を解くのが異様に得意だったという感じです。発想的な範囲の違いだった気がします。

私は数学的な人間なのでギャンブルはしません。宝くじも買いません。買うとすれば1枚のみでしょう。確率がゼロでないならいいので。

小学生の頃、夏休みの宿題工作で紙粘土で犬のアクセサリーを作って(塗装してニス塗って仕上げた)最優秀賞をもらいました。でもこれは左利きだからでしょうか?2歳の頃から小学生まで毎日何時間も粘土細工で遊んでいたせいもあるでしょう。しかし美術なら何でも得意というわけではなく、自分で創造してデザインするのは苦手。贋作は得意。

スポーツは足は速かったが球技は苦手だった。ただし球速はあった。キック力もあった。球技苦手は右矯正の悪影響が少なからずあった気がする。

英語は会話は苦手です。話せません。ただし発音は母国語の人と全く同じで発音できます。ドイツ語でも発音は全く同じに出来ます。文字に沿った発音ではなく、スペル完全無視で音のみを丸写しし、言葉としてではなく音として発音しているからです。

あとオセロが得意でした。小2の時に骨折して入院していた時、同じ部屋でオセロをしていた人の影響でオセロが好きになって、公民館で行こなわれていた小学生のちょっとしたオセロ大会に飛び込み参加して優勝したことがあります。

考え方は変わっています。多くの人が左を選べば自分は右を選ぶ。他人に流されないというかひねくれているだけかもしれません。

朱に染まりません。人に流されないです。洗脳もされないし、思い込みで判断もしません。国家間の領土問題もどっちの側でもなく中立的に考えるので第三国から見た扱いと同じで、両国の言い分の信憑性(文献の偽造や解釈的な問題など)の検証ができないのでどっちが正しいという考え方はありません。かと言って陰謀論者のようにいつも世間と逆の意見というわけではないです。

例えばスパークプラグ交換をして、加速が良くなったような気がする・・という感覚は出てきません。高級食材だから美味しいという感覚も持たないです。銘柄を隠してシャッフルして味見テストして判断します。

周囲が皆喫煙者だとしても私は吸いません。皆パチンコが趣味だとしても私は絶対にしません。皆がゴルフをやっているから自分もやるという気にはなりません。私は自分がやりたいことをやります。それが自分だからです。悪く言えば協調性がないです。

新聞勧誘は話を聞くけど最後断ってしまいます。かつて勧誘に40分粘られましたが最後断りました。勧誘の人から「今日はこれで帰りますが、あなたみたいなタイプは本気出せば必ず契約させることが出来ますよ。」と言われましたが、絶対無理です。それ以降は鼻っから断っています。

妄想癖はあります。人一倍い強いです。例えば陸上世界トップレベルの選手が走るのを妄想しながら自分がなりきって走ります。そういう感じで陸上を練習してきました。そうするとモチベが続くからです。

嘘や言い訳は下手です。一瞬で頭を回転させて言い訳などの言葉を組み立てられません。

これらは左利き関係あるのか私はよくわかりません。左利きの多くにこういう傾向があるのかは知りません。どんな人にでも1つや2つ得意なものや苦手なもの、性格に癖のある部分はあるものです。

世の中は左利き信仰である

世の中は左利き信仰です。やたら左利きを褒め、教祖のように崇めます。左利きを神格化しています。

歴史上の偉人を確かな証拠なく「あの人もこの人も左利きだった」にしてしまっている傾向は傍から見ると異常です。よく調べると右利きだったり、左利きの証拠がなかったものが多かったです。 

そもそも普通に考えて下さい。左利きは全体の10%です。日本人の10%が左利きなんです。珍しくもなんでもないです。

左利きが天才なら、日本の1,200万人も天才がいるのですか?

天才とは100人に1人、1000人に1人、あるいは1万人に1人という抜きん出たレベルではないでしょうか。

左手を使えば期待したような効果があるのか?

たしかに左手を使えば脳の活性化になるかもしれませんが、だからといって期待しすぎです。

使う手を変えたってそんな簡単なことで成功者になれたら苦労はしません。成功者は人生において何かを犠牲にする覚悟で努力を積んて特化した能力を得た結果です。しかし限界まで努力をしても天才と呼ばれるまでに上り詰めることが出来るのはわずか一握りです。それが現実です。

左を積極的に使うと脳が活性化することは言われています。でも脳が活性化したから天才になれるのかというと違うと思います。そもそも左利き=天才ではないです。活性化しても頭の回転が早くなるだけで発想の幅や柔軟性は広がらないと思いますし、人間の本質は基本変わらないと思います。

左手を使ったからと言って、書籍やネット動画で紹介されるような、「あなたも才能開花する!」というような驚くべき効果があるとは到底思えません。なぜなら右利きに左手を使わせどう変化したかという大規模なコホート研究などの証明がないからです。

左手を使って脳を活性化することは非常に結構なことだと思います。しかし、そうすることで「才能が大化けする」かのように強調する書籍やネット動画は大げさでやりすぎだと感じます。左利きの大半は普通の人です。

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